6月から9月にかけてのドル円相場には、見逃せない季節性(アノマリー)が存在します。中長期で運用するトレーダーにとっては、これを理解し活用することが、相場に飲まれずに優位に立つための武器になります。 夏場の各月が持つ固有の「顔」を理解し、より精度の高い相場観を養いましょう。
ドル円の季節性(アノマリー)とは?
為替市場における季節性(アノマリー)とは、過去の相場データで繰り返し観察されるパターンのことです。季節性は市場が完全に効率的ではないことを示すものであり、人間の行動パターンや経済活動の周期性などが、無意識のうちに為替レートに影響を及ぼしている結果と考えられます。
ドル円相場においても他の金融市場と同様に、理論では説明しきれないものの、経験側として認識されている「クセ」が存在し、多くの市場参加者に意識されています。例えば、「8月の円高」や「12月のドル高」などが有名です。
これらのアノマリーは絶対的な法則ではなく、あくまでも過去の傾向です。しかし、その傾向を知ることは、将来の相場の動きを予測するうえで、一つの重要な判断材料となります。
ドル円の季節性が生じる要因
ドル円の季節性が観察される背景には、企業の経済活動サイクル、機関投資家や市場参加者全体の心理的要因や行動パターンなど、複数の要素が考えられます。これらの要因が特定の時期に周期的に発生することで、為替市場における需給バランスに影響を与え、結果的に価格に一定の傾向が現れます。
例えば、主な要因の一つとして挙げられるのが、企業の決算期やそれに伴う実需です。日本企業は3月が決算月であることが多く、期末に向けて海外収益を円転する動き(レパトリエーション)が見られ、円高になりやすいと言われています。
ドル円の季節性を読み解く際には、多くの要因がいつ、どのように作用するのかを大局的に把握し、それぞれの影響度合いを考慮に入れることが重要です。
データで見る6~9月のドル円の季節性(アノマリー)
ドル円の月別季節性(2005〜2024年) | |||
月 | 上昇回数 | 下落回数 | 傾向 |
6月 | 13回 | 7回 | 上昇しやすい |
7月 | 7回 | 13回 | 下落しやすい |
8月 | 11回 | 9回 | やや上昇傾向 |
9月 | 11回 | 9回 | やや上昇傾向 |
6月から9月にかけてのドル円相場は、過去のデータを分析すると、月ごとに特徴的な傾向が見えてきます。ここでは、直近の実績や過去20年のデータをもとに、各月の季節性とその背景要因や、注意点を解説します。
6月の季節性
6月のドル円相場は、非常に上昇しやすい傾向があると言えます。直近5年間(2020年〜2024年)では、いずれも上昇しているからです。
この背景には、多くの日本企業で6月末に夏のボーナスが支給され、米国株などのドル建て金融商品への投資資金に充てられやすいことや、本格的な夏休みシーズンを前にして、機関投資家がポジション調整を行う動きなどが影響していると考えられます。
より長期的なデータを見てみると、過去20年間のドル円では、6月は13回上昇、7回下落しています。ただし、強い上昇傾向があるとはいえ、季節性はあくまで確率論であり、大きな経済ニュースや戦争、災害などの強力なファンダメンタルズ要因が発生すれば、容易に覆される点には注意が必要です。そのため、6月のドル円相場は季節性としては上目線となりますが、ファンダメンタルズとテクニカルの両面から総合的に判断するようにしましょう。
7月の季節性
7月は多くの投資家から、「ドル円が下落しやすい月」として認識されています。実際、2020年から2024年までの直近5年間で、ドル円は7月にすべて下落しています。
これは取引量が細る「夏枯れ相場」が本格化し始め、株価が軟調になり、安全資産として円が買われやすいこと、そして米国株の配当金を受け取る時期でもあり、ドル売り・円買いの動きが強まることが主な要因です。
夏枯れ相場は欧米や日本の市場参加者が夏季休暇シーズンに入ることで、市場全体の取引量が減少し、流動性の低下を招くことで発生します。そのため、一般的に値動きが小幅になりやすいです。
しかし、特にマイナーな通貨ペアではボラティリティが下がるこの時期を狙って、機関投資家が大口注文を出し、相場を急変させるケースもあります。より長期的なデータを見てみると、過去20年間のドル円では、7月に上昇7回、13回下落しています。
7月のドル円相場では、基本的には下目線を意識しつつも、重要イベントや突発的なニュースに十分注意し、流動性の低下がもたらすリスクを考慮した戦略を立てることが重要です。
8月の季節性
8月のドル円相場は、比較的上昇しやすい傾向があると言えます。2020年から2024年の直近5年間では、すべて上昇しています。
8月は米国債を保有する日本の投資家への利払いが行われるため、利子として受け取ったドルを売って円を買うことで、円高になりやすいと言われてきました。しかし、近年のデータはこれと矛盾しており、市場構造や投資家行動の変化が起きている可能性があります。
また、8月は「夏枯れ」がピークに達し、市場参加者が最も少なくなる時期でもあります。欧米の機関投資家が長期休暇を取得するため、市場の流動性が大きく低下することが多く、大きな材料が無い限りは値動きが限定的になりますが、突発的なニュースが出た場合には薄商いの中で価格が一方的に大きく動く可能性があるため注意が必要です。
より長期的なデータを見ると、過去20年間のドル円では、8月は上昇が11回、下落が9回となっています。長期的には強い季節性があるとは言い難く、上昇しやすいという傾向の信頼性はやや低いかもしれません。
8月のドル円相場は上目線を意識しつつも、基本的には閑散とした展開を想定すべきでしょう。ただし、突発的なニュースによる乱高下に注意し、ポジション管理をより慎重に行うことがポイントになります。
9月の季節性
9月は多くの投資家から、「ドル円が下落しやすい月」として認識されています。決算を迎える日本企業のリパトリエーション(資金還流)に伴い、ドル売り・円買いが増加し、円高が進みやすいとされています。
ただし、直近5年間では上昇が4回、下落が1回と、一般的に認識されている季節性とは逆の動きが見られ、より長期的なデータを見ても、過去20年間のドル円は、9月に11回上昇、9回下落しています。
この季節性の有効性については、慎重に見極める必要があるでしょう。
一方で、9月は夏季休暇を終えた機関投資家が新たな投資戦略を開始したり、積極的な売買を再開したりすることで、流動性が回復し、相場の値動きが戻ってくる時期としても知られています。
したがって、9月のドル円相場は、市場のエネルギーが再び高まる転換期として捉え、ボラティリティの高まりや、新たなトレンドの発生に備える姿勢が求められます。
夏場のドル円相場に影響を与える外部要因
ドル円相場は季節性だけでなく、さまざまな外部要因の影響を受けます。中でも、中央銀行の金融政策や、重要な経済指標の発表は、相場を大きく動かす可能性があるため、特に注意が必要です。
これらの外部要因は、市場参加者の期待やセンチメントを根本から揺るがし、時には季節性を完全に打ち消すほどの強い影響力を持ちます。例えば、米国の政策金利を決定する連邦公開市場委員会(FOMC)の結果は、ドル円相場の基調を左右することもよくあります。
季節性はあくまでも過去のデータから導き出される統計的な傾向であり、未来を保証するものではありません。そのため、これらの外部要因の動向を正確に把握し、季節性の分析と組み合わせることで、より精度の高い相場予測を目指しましょう。
過去のFOMCと相場の反応
FOMCはドル円相場にとって、年間を通じて最も注目されるイベントの一つです。その結果や議長の会見の内容は、市場に極めて大きな影響を与えることがあります。
FOMCは米国の金融政策を決定する会合であり、政策金利や将来の金融政策の方向性などが、ここで決定・公表されます。こうした内容は、米国の金利見通しを通じて、ドルの価値を短期間で大きく動かし、結果としてドル円相場の大きな変動を引き起こす要因となるのです。
2025年の夏場は6月、7月・9月にFOMCが予定されています。過去の夏場のFOMCを振り返ると、市場の反応は実にさまざまでした。
例えば、2024年7月のFOMCでは、ニューヨーク時間午前の取引で一時149円台半ばまで下落していたドル円が、FOMCの発表を受けて151円台前半まで急騰しました。しかし、その後はパウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長の記者会見を消化するのに伴い、149円台半ばまで下落するという大きな値動きを見せました。
逆に、2024年9月のFOMCでは利下げ発表を受けて急落し、その後パウエルFRB議長の「大幅利下げが続くと考えるべきではない」との発言を受け、一転して急騰しました。
これらの事例が示すように、FOMCの結果や議長の記者会見での発言のわずかなニュアンスまでもが市場に影響を与え、ドル円相場の方向性を左右します。したがって、トレーダーは夏場におけるFOMCの日程を事前に把握し、市場がどのような予想をしているのか、そして発表内容がその予想に対してどうだったのかを冷静に分析し、相場の反応を見極めることが極めて重要です。
今年注目される外部要因
【FOMC(米連邦公開市場委員会)】 ・6月17日 〜 18日 ・7月29日 〜 30日 ・9月16日 〜 17日 |
【日銀金融政策決定会合】 ・6月16日 〜 17日 ・7月30日 〜 31日 ・9月18日 〜 19日 |
【米国雇用統計】 ・6月6日 ・7月3日 ・8月1日 ・9月5日 |
今年の夏場のドル円相場を展望するうえで、特に重要なのが米国や日本の中央銀行による金融政策の方向性や、足元の経済状況を示す重要な経済指標の発表です。FRBや日銀といった中央銀行は、データ次第で金融政策を柔軟に運営する姿勢を強めており、毎月発表される雇用統計や物価指数などが市場の金利予測を大きく左右し、それがドル円に大きな影響を与えます。
そのため、これらの注目すべき外部要因の発表日程を事前にカレンダーで確認し、市場の事前予想と結果を比較分析することが、今年の夏場のドル円相場を読み解くうえで重要です。
ドル円の季節性を利用した戦略
6月〜9月のドル円戦略 | |
月 | 戦略 |
6月 | 新たな上昇トレンドの発生を狙う |
7月 | レンジ内での短期売買(特に戻り売り) |
8月 | アクティブな取引は控え、チャンスがあればレンジ相場で短期売買 |
9月 | レンジをブレイクし、新たなトレンドが発生する可能性に注目 |
ドル円の夏場の季節性と主要な外部要因を理解したうえで、これらを組み合わせた具体的な中期取引戦略を構築することは、収益機会の獲得とリスク管理の両面で有効です。以下では、6月から9月までの各月特有の季節性と、その時期に予定されているイベントを踏まえ、具体的な戦略の考え方や注意すべきタイミング、リスク管理のポイントなどを解説します。
6月の季節性を利用した戦略
6月は強い上昇の季節性が強く現れやすいため、積極的な分析と柔軟な戦略が求められる月です。これは夏のボーナスを利用した米国株買いや、機関投資家によるポジション調整などが主な要因と考えられます。
加えて、FOMCや日銀金融政策決定会合が開催されるため、これらの結果が市場の方向性を決定づける重要な材料となります。テクニカル分析とファンダメンタルズ分析の両面から丁寧に相場を見極めましょう。
戦略としては、レンジのブレイクや下降トレンドからの転換により、新たな上昇トレンドが発生する可能性に注目すべきでしょう。移動平均線やMACD、ADXなどのトレンド系テクニカル指標を用いて、トレンドの方向性と勢いを確認し、順張りでエントリーすることが有効です。
ただし、ボラティリティの高まりには十分注意が必要です。特に、FOMCや日銀金融政策決定会合、米雇用統計などの発表前後は値動きが荒くなりやすく、リスクが増す局面と言えます。
6月の戦略では、季節性を重要な情報としつつボラティリティの高まりに注意し、テクニカル分析に基づいた明確なエントリー・エグジットポイントの設定が成功の鍵となります。
7月の季節性を利用した戦略
7月は「夏枯れ相場」が本格化し、流動性が低下する傾向があるため、大きな値動きは期待しづらいです。しかし、重要イベントや突発的なニュースに対しては価格が敏感に反応する可能性があるため、慎重な戦略が求められます。
そのため、トレンドフォロー戦略よりも、レンジ内での短期売買が比較的適していると考えられます。明確なトレンドが発生していない時に、RSIやストキャスティクスなどのオシレーター系テクニカル指標を用いて想定レンジを設定し、その範囲内での逆張りを検討します。また、下落しやすい傾向を利用し、レンジ内での戻り売りに絞るのも良いでしょう。
また、7月のFOMCや日銀金融政策決定会合は、夏枯れ相場の最中であるため、特に予想外の内容が出た場合のインパクトが非常に大きくなる可能性があり、特に注意が必要です。発表前後のボラティリティ上昇に備え、ポジションを保有している際は一部またはすべて決済しておくとよいでしょう。
逆に、7月4日の米独立記念日周辺や日本のお盆休み期間は、一段と流動性が低下しやすく、値動きが極端に小さくなったり、突発的な急騰・急落が起きやすくなる局面でもあります。このような時期は無理なエントリーを避け、様子見をするのが賢明です。
7月の戦略では、「夏枯れ」という市場環境を前提に、過度な期待を持たず、レンジ相場内での短期的な機会を狙いつつ、リスク管理を最優先に据えた冷静なアプローチがポイントになります。
8月の季節性を利用した戦略
8月は「夏枯れ」のピークで市場参加者が最も少なくなるため、基本的には積極的な取引を控え、ポジションを縮小する時期とされます。加えて、重要イベントや突発的なニュースによる乱高下には、最大限の警戒が必要です。
流動性が大きく低下するこの時期は、テクニカル分析が機能しにくくなったり、些細なニュースで価格が大きく振れたりするリスクが高まります。そのため、利益を無理に追求せず資金を守って、9月以降の相場に備える姿勢が賢明だと言えるでしょう。
戦略としては、 基本的にアクティブな取引は控え、既存のポジションも手仕舞うか、必要に応じて縮小することを検討します。「チャンスがあればレンジ相場で短期売買をする」といった程度で十分でしょう。
無理に取引機会を見つけようとせず、流動性が低い時期は休養し、分析手法の見直しや、知識を深める時間に充てるのも有効です。8月の戦略は何よりも「守り」を重視し、積極的なリスクテイクは極力避け、9月以降に備えるという心構えが重要です。
9月の季節性を利用した戦略
9月は市場参加者が夏季休暇から本格的に戻り、流動性が大幅に回復します。そして、新たなトレンドが形成されたり、相場の転換点となったりしやすい月でもあります。
そのため、積極的な分析と柔軟な戦略が必要です。加えて、9月にはFOMCや日銀金融政策決定会合も開催されるため、テクニカル、ファンダメンタルズ両面から丁寧に分析をしましょう。
戦略としては、夏枯れ相場で形成されたレンジをブレイクし、新たなトレンドが発生する可能性に注目します。移動平均線やMACD、ADXなどのトレンド系テクニカル指標を用いてトレンドの方向性と勢いを見極めながら、順張りでのエントリーを狙いましょう。
ただし、9月は歴史的に大きな価格変動が起こりやすい月であることを念頭に置き、リスク管理を徹底してください。例えば、2008年9月には「リーマン・ショック」、2001年9月には「同時多発テロ」が起こっています。
9月の戦略では、市場の再活性化を捉え、トレンドの発生や転換点を見極めることに主眼を置きましょう。特にFOMCという最重要イベントを軸に、テクニカルとファンダメンタルズの両分析を駆使し、規律あるリスク管理のもとで柔軟に対応していくことが求められます。
ドル円の季節性(アノマリー)に関するよくある質問
この項目では、ドル円の季節性に関するよくある質問について、まとめてご紹介していきます。
よく「夏枯れ」と言われますが、大相場になることもありますか?
「夏枯れ相場」という言葉の通り、夏場は市場参加者が減少し、流動性が低下して値動きが小さくなる傾向は確かにあります。しかし、必ずしもそうなるとは限らず、むしろ予期せぬ大相場に発展するケースも十分にあり得ます。
例えば、2015年8月の「チャイナ・ショック」による世界同時株安とリスクオフの円高は、まさに夏枯れ相場の中で起きた代表的な事例です。したがって、「夏枯れ」だからといって市場を軽視したり油断したりするのではなく、突発的な大相場が発生するリスクは常に存在するという前提で挑むことが重要です。
ドル円は月末や期末、年度末で何か傾向はありますか?
ドル円相場は月末、四半期末(期末)、そして年度末といった特定の時期に、特有の値動きの傾向、すなわち季節性がしばしば見られます。月末はロンドンフィキシング(日本時間深夜、夏時間は24時、冬時間は25時)に向けて、実需のドル買いやドル売りが集中しやすく、短期的に相場が荒れることがあります。特に、月末最終営業日のロンドンフィキシングは注目度が高く、その傾向も顕著です。
また、四半期末は(特に3月・9月)日本の輸出企業で、決算期末に向けて海外収益を円に転換する動き(円買い需要)が強まることがあり、「期末の円高」として知られています。
中でも3月は年度末にあたり、日本企業にとっては本決算期であることから、大規模なレパトリエーション(資金還流)が発生しやすい時期です。
日本株や米国株にも季節性はありますか?
日本株や米国株においても、ドル円相場と同様に、さまざまな季節性が観測されており、多くの市場参加者に意識されています。
例えば、日本株には2月上旬の節分頃に株価が高値をつけやすく、3月下旬の春分(彼岸)頃に安値をつけやすいという「節分天井・彼岸底」、米国株には5月から9月にかけて株価が下落しやすいという経験則に基づく「セルインメイ(Sell in May)」などがあります。
まとめ
6月から9月にかけてのドル円相場の季節性を理解し、これを中期投資戦略に活用することで、リターンの向上が期待できます。ただし、あくまで確率に基づく過去の傾向であり、絶対的な法則ではないことは念頭に置いておきましょう。
夏場の相場に臨む際の最重要ポイントは、流動性の変化とボラティリティの急変に対する準備です。特に、流動性の低下によって不規則な値動きが発生しやすくなる8月は、リスク管理を徹底し、ポジションサイズの適切な調整や素早い損切りなどを心がけてください。
また、FOMCをはじめとする重要イベントを事前にチェックし、乱高下に巻き込まれないようにすることもポイントです。季節性に依存するのではなく、他の分析手法と組み合わせることで、より精度が高い分析を行い、夏場の難しい相場環境を収益機会に変えるようにしましょう。